一方通行は杖をつきながら警備室に入ると、肩に担いでいたバッグを降ろした。
「学生はもう行ったか」
「はい、あなたがいらっしゃる直前にここを出て行きました、とミサカは答えます」
顔を上げてモニターを眺めながら、一方通行はうんざりした顔で口を開いた。
「だりィ。悲劇のお姫様よろしく拉致られて監禁されて、人にはるばる救出させるってのはどこのバカなンだろォなァ?」
「あの方は確かに成績は悪いようですが、頭が悪いというよりも物覚えが悪いだけではないか、とミサカは思っていますが…あなたは拉致された学生については御存じないのですか?とミサカは聞いてみます」
「聞いてねェ。興味もねェ。上からはサンプルがパクられたから潰してこいって言われただけだ。ありきたりな仕事過ぎて涙がでそォだ」
そう言うと一方通行はガシガシと頭を掻きまわした。ストレスの表現は人それぞれだが、あまり頭皮には良くなさそうだ。
「犯人が外部組織でその中には超能力者(レベル5)が含まれるというのはありきたりとは程遠いように感じられますが、とミサカはあなたの『ありきたり』の基準を測りかねます」
「中か外かの違いしかねェだろ。出てくンのもローテクな銃で武装しただけの警備員か良くて発火能力者。その程度の仕事なンざ中でいくらでもやってきた。電話のヤロウも二言目には『簡単な仕事』とかぬかしやがる。なら学園都市のケツ拭くぐれェテメェでやれっつゥの」
一方通行の愚痴を聞いたミサカはしばらく無言で思案してから口を開いた。
「つまり今のあなたを最も分かりやすく表現するとパシ、」
「その先言ったらオマエの歯一本置きに引っこ抜く」
「歯は女性の命です。どうかその考えはすぐに捨てて下さい、とミサカは恐れ慄きます」
口を押さえてモゴモゴと抗議するミサカを尻目に一方通行は再び内部の様子を映すモニターの群れに目を向けた。
「他はとっくに外に逃げたか」
「そのようです。が、いずれの逃走先にもライフルの地上組が待機しています、とミサカは既に知っているであろう情報を報告します」
学園都市は誘拐発生よりはるか以前から研究所の構造は知り得ていた。それは地下から延びる逃走通路も同様であり、一部のライフルは襲撃前から何の変哲もないもの、例えば山奥にある今にも崩れそうな立ち入り禁止のトンネルにカモフラージュされた脱出口で待ち構えていた。今頃、敵の侵入から気分晴れやかに逃げ延びたつもりで日の光を見ると同時に、無数の銃口も目にしていることだろう。
「ですが、所長室からの通路だけは完全に記録が抹消されて逃走先が判明していないとか、とミサカは確認します」
「そっちはどっかのクソサングラスがなンとかすンだろ」
いわずもがな、金髪にゴツいネックレスと派手なアロハシャツを身に付けたあのサングラスだ。
「しっかし、」
モニターから目を離すと、次は高く、冷たい天井を見やった。ただしその視線は遠く、遥か先にある地上にまで見透かしているかのようだ。
「ナチスの研究施設か。よく今の今まで隠れていられたもンだな。当然、現職の政治家もいくらか噛ンでンだろォが、それにしても名目とは言え建造すンのに大型ハドロン粒子加速器(LHC)を造るだの言えば少なからず話題に上りそォなもンだが」
LHCとは陽子ビームを加速させ、正面衝突させることで高エネルギーの素粒子反応を引き起こすことができる科学者のオモチャだ。有名なものではスイス・ジュネーブの欧州原子核研究機構(CERN)が保有する加速器がフランスとの国境をまたいで設置されている。また、学園都市にも外周をなぞるように造られた世界最大の加速器、通称『フラフープ』があるという。
「そのLHCですが、謎多い研究所なだけに最近ドイツ国内で噂が流れているそうですよ、とミサカは話題に上らせます」
一方通行は今度は横目でミサカ10840号を見た。まだ口を押さえている。
「大量の反物質を同時生成しようとしているとか、余剰次元理論に基づいた実験によって極小ブラックホールを造り出そうとしているとか、とミサカは鼻で笑います。フフン」
「あっそォ」
とりあえずバカげた噂であることは分かった。
短く、興味の程が分かりやすい相槌を打つと、床に置いたバッグには脇目も振らずに一方通行は扉へと向かった。
「残りの爆弾の設置はミサカがやれという無言の指図ですか?とミサカは不満をもらします」
「どォせヒマだろォが」
「専門の知識もないのにこのミサカにわざわざ助力を申し出たあの方とは大違いですね。是非見習って頂きたいものです。自分から率先して手を差し伸べられる人間でないと社会的に冷たい目で見られますよ?それでもいいんですか?あなたはそのまま誰にも細かな気遣いを見せない器の小さな人になってしまうのですか?とても残念です。あなたはこんなにも期待されているのに、とミサカは暗にちょっとは良いとこ見せろと要、」
「うっせェ黙れ。オマエ本当にあの妹達(シスターズ)の一人か?ロクな会話にならねェのは同じだがウザさがこれまでにねェ程に臨界点まで迫ってンぞ」
ミサカ10840号には背中を向けているので見えなかったが、一方通行は大きく眉を吊り上げた。この吊り上がり具合がウザさを端的に表している。
そのまま扉の前に立ち通路に出るかのように見えたが、ふと思い出したように僅かに振り向いた。
「ところで、お前ここ来る途中に何かと闘ったか?」
「第八階層でレベル5の光学系能力者と交戦し、戦闘不能にしましたが、それがどうかしましたか?とミサカは小首をかしげます」
(光学系…それが原因か…)
具体的にどういった経緯かは分からないが、とにかくその光学系能力者の力によって短時間とは言え電極を無力化させられたらしい。
「…なんでもねェよ」
今度こそ扉に手を掛け、暗い通路へ一歩踏み出した。
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上条さんと一方さん、ニアミス。
都合上二人を出会わせるわけにはいかないんですよね。
それを言うとミサカ10840号も同じなんですけど、まぁそれは今後の展開について大した話でもないんですがちょびっとネタバレなのでまた今度。
なんだか回を追うごとに地の文が貧弱になって会話ばかりが目立ってきているような。
力尽きてきたのか。
もう少し精進せねば。